こんにちは。税理士の湯本 康平です。
令和5年度の税制改正に伴い、贈与税の考え方が大きく変わりました。暦年課税の持ち戻し期間が7年に延び、相続時精算課税制度には、従来の2,500万円の特別控除に加えて、新たに110万円の基礎控除が新設されました。
どちらかというと改悪な改正ではありましたが、使い方次第では大きな税金対策になり得ます。
中でも、相続時精算課税制度については2,500万円までは、贈与税が非課税になるものの、相続時に全て相続財産に持ち戻した上で相続税を計算しないといけないという、大変使い勝手の悪い制度でした。
ただ、この相続時精算課税制度については、上手に活用することで大きな税金対策になります。
特に、おススメなケースが相続財産が基礎控除以下、又は基礎控除付近の方です!
具体例を挙げて解説していきます。
円満相続税理士法人 税理士 大学在学中から税理士を目指し25歳で官報合格。以後、法人税務を経て 現在は円満相続税理士法人にて、相続・事業承継のプロとして 申告・税務相談・執筆・セミナー講師として幅広く活動中! 詳しいプロフィールはこちら
相続時精算課税制度のおさらい
相続時精算課税制度とは、60歳以上の直系尊属(自分から見て父母や祖父母にあたります。)から18歳以上の方が贈与を受けた場合、最高で2,500万円まで贈与税が非課税になる制度です。
ただ、その後贈与した方に相続が発生した場合、贈与した財産は全て、その贈与した方の財産にあるものとみなして相続税を計算しなくてはなりません。(これを『持ち戻し』と言います。)
なお、2024年1月1日以降は、上記に加え、毎年110万円までの贈与についても贈与税が非課税になり、かつ相続財産にも持ち戻さなくてよいという取扱いになります。
相続時精算課税制度について詳しく知りたい方は、下記をご覧ください。
相続時精算課税制度の上手な使い方
具体例1 親の自宅をリフォーム後、同居したい
親の介護のためであったり、近年は土地の価格が高騰していて買いづらい。。そんな事情により、元々住んでいた実家で親と同居するようなケースが増えてきているようです。
【前提】
父母(同居)、子Aと子Aの妻B(別居 賃貸)、子Aの弟C(別居 持ち家)
現在、子Aは妻Bと共に賃貸暮らしをしています。
そろそろ持ち家をと考えましたが、土地と建物を購入するには、住宅ローンを検討したとしても、少々懐が寂しい。
そこで、子Aはこんなことを思いつきました。
妻も両親とはとても仲良くしてくれていることだし、父さんの家をリフォームして、二世帯住宅にしてはどうか!
父の財産
① 自宅建物の相続税評価額 1,000万円
② 自宅土地(建物の敷地)の相続税評価額 3,000万円
③ 金融資産の相続税評価額 2,000万円
④ 父母の年齢 65歳
⑤ 子Aの年齢 30歳
子Aがローンを組んで、父の自宅建物をリフォーム(2,000万円)することにしました。
【問題点】
お気づきの方も多いかもしれませんが、このままだと子Aから父へ2,000万円の贈与になってしまい、父は多額の贈与税(2,000万円-110万円)×50%-250万円=695万円を払うことになってしまいます。
更に、子Aは自分名義の住宅のためのリフォームではないため、所得税の住宅ローン控除も適用できないことになります。
増改築等の場合の住宅ローン控除の要件の一つに『自己が所有し、かつ、自己の居住の用に供する家屋について行う増改築等であること。』とあり、親所有の建物に対するリフォームでは、住宅ローン控除は受けられないことになります。
全然グッドアイデアじゃなかった…
【打開策】
そこで相続時精算課税制度の出番です!
他者所有の建物にリフォームを施すと、その人への贈与になってしまうのであれば、まずは、建物を自分のものにしてしまいましょう。
ただ、1,000万円の建物を暦年贈与で渡してしまうと、それこそ贈与税が発生してしまいますので、相続時精算課税制度を適用して贈与をするのです。
相続時精算課税制度は2,500万円まで贈与税が非課税ですので、贈与税については無税で父から子Aへ贈与できます。
その後、子Aの持ち物になった建物にリフォームを施すのです。自分の持ち物をリフォームしたに過ぎませんので、当然ここに課税関係は生じません。
更に、自分名義の建物のリフォームになりますので、他の要件を満たしていれば住宅ローン控除も適用できます!
ただ、このご提案をするとこのようなご心配をされる方がいらっしゃいます。
相続時精算課税制度の贈与で自宅を渡してしまうと、将来的に小規模宅地等の特例が使えなくなっちゃいませんか!?
いえ、今回はあくまでも『建物』の贈与なので安心してください!
ここを結構、間違って認識している方が多いのですが、小規模宅地等の特例が適用できなってしまうのは、あくまでも『土地』部分を贈与してしまったようなケースです。
小規模宅地等の特例の適用条件の一つとして、『事業の用または居住の用に供されている宅地等を相続又は遺贈により取得した場合』とあります。そうです。
『建物を相続又は遺贈により取得』という文言はどこにも記載されていません!!
つまり、上物である建物部分は生前に贈与で渡していたとしても、被相続人がその宅地等を所有し、事業ないしは居住の用に供していれば問題ないのです。(被相続人の建物の所有要件は特にないという事になります。)
まとめますと、子Aは建物を贈与で取得し、土地は将来相続で取得するという流れになるわけです。
相続時精算課税制度による贈与を行えば、贈与税は当然に非課税となりますが、将来的に父に相続が発生した場合は、相続財産に持ち戻して相続税を計算することになります。
よって、建物は既に子Aへ移っているため、父の相続財産は
・土地600万円(3,000万円×(1-0.8)):子Aが相続(小規模宅地等の特例(居住用)の適用により、80%評価減)
・金融資産2,000万円
加えて
・相続時精算課税制度による贈与の持ち戻し1,000万円(贈与時の価額)
相続財産合計:3,600万円 ≦基礎控除4,800万円
になります。
つまり、贈与の持ち戻しを受けたとしても、小規模宅地等の特例(居住用)が適用できることにより、相続財産合計は基礎控除を下回り、相続税の心配も不要という事になります。
【まとめ】
このように財産の渡し方を工夫するだけで、税金の負担を大きく減らすことができます。
ただ、自宅の贈与は配偶者居住権や他の相続人の遺留分についても考えて行わないと、後々争いに発展してしまうこともありますので、ご家族の関係性を考慮の上、よくお話合いをされた上で実行することが大切です。
また、二世帯住宅は階数ごとに区分登記をしてしまうと、相続の際に小規模宅地等の特例が適用できなくなってしまうこともありますので、くれぐれもご注意ください。
具体例2 親の賃貸不動産を贈与で取得したい
親が賃貸不動産(マンション)のオーナーをしていますが、高齢になってきたこともあり、管理・修繕が大変で、賃料によって財産も増えてしまうので、早い段階で贈与で子供に渡したい。
こんなお悩みを持たれている方もいらっしゃいます。
資産管理会社の設立も一案ですが、資産管理会社設立スキームは高齢の方が行うと、かえって相続税が跳ね上がってしまう可能性が高いのであまりおススメできません。
【前提】
父母(同居)、子A(別居 持ち家あり)、子B(別居 持ち家あり)
父の財産
① 自宅不動産(持分1/2)の相続税評価額 1,000万円(2,000万円×1/2)
② 賃貸マンション(持分1/2)の相続税評価額 2,000万円(4,000万円×1/2)
③ 金融資産の相続税評価額 1,000万円
財産総額:4,000万円
母の財産
① 自宅不動産(持分1/2)の相続税評価額 1,000万円(2,000万円×1/2)
② 賃貸マンション(持分1/2)の相続税評価額 2,000万円(4,000万円×1/2)
③ 金融資産の相続税評価額 2,500万円
財産総額:5,500万円
父母の年齢 82歳
子Aの年齢 55歳
子Bの年齢 53歳
基礎控除:4,800万円(3,000万円+600万円×法定相続人の数(3名))
【打開策】
そこで相続時精算課税制度の出番です!
具体的には父所有の賃貸マンションについては、相続時精算課税制度を使い贈与してしまいましょう。
相続時に相続財産に持ち戻されてしまったとしても、父の財産はそもそも基礎控除以下なので、相続税の心配はありません。
ご年齢的にも相続を待っていれば良いのでは?とも考えられますが、世の中には1年でも早く財産を子供へ渡してしまいたいと考えている方もいらっしゃいます。
逆に、母所有の賃貸マンションは相続で渡した方が税金的には有利です。
母の財産総額は現状、基礎控除を超えてしまっていますが、賃貸不動産については相続で取得した場合、『小規模宅地等の特例(貸付用)』の適用ができます。
小規模宅地等の特例(貸付用)が適用されることで、母の財産が基礎控除以下となります。
・自宅不動産1,000万円
・賃貸マンション1,000万円(2,000万円×(1-0.5))
・金融資産2,500万円
相続財産合計:4,500万円≦基礎控除4,800万円
小規模宅地等の特例は贈与で取得した場合は適用できませんので、母の場合は相続で取得したほうが税金的には有利という事が言えます。
【母 別解】
ただ、父と同様に早い段階で賃貸不動産を子に渡したいと考えていますので、どうしても相続を待てないという事でしたら、母も相続時精算課税制度により賃貸不動産を子Aへ贈与してしまいます。
併せて、子Bに対する贈与にも相続時精算課税制度を適用します。
そして、翌年以降は子A及び子Bに対し、金融資産について110万円以下の贈与を毎年行ってください。
そうすれば、合わせて年間220万円の金融資産を非課税で子供たちに渡すことができます。
これを4年間続ければ、例え賃貸不動産に小規模宅地等の特例が適用できなかったとしても、母の相続財産が基礎控除以下になります。
※4年後に母に相続が発生した場合
・自宅不動産1,000万円
・金融資産1,620万円(2,500万円-880万円(110万円×2名×4年))
加えて
・相続時精算課税制度による贈与の持ち戻し2,000万円(贈与時の価額)
相続財産合計:4,620万円≦基礎控除4,800万円
ただ、実際は賃料収入が入ってきてしまい、金融資産が現状より増えてしまいますので、お孫様がいらっしゃれば、併せてお孫様への贈与も検討するとなお良いです!
まとめ
令和5年度の税制改正により、従来よりは使い勝手の良くなった相続時精算課税制度ですが、そもそも財産規模がそこまで多くない方についても上手に活用する方法はあります。
また、本来は相続税が発生する予定の方でも、110万円以下の贈与を積み重ねることで、相続時には基礎控除以下にすることが可能です。
ただ、不動産の贈与はどうしても財産額が大きくなりますので、遺留分の侵害や流通税(不動産取得税や登録免許税)の負担が相続に比べて大きくなる点等を含め、ご家族間でよくお話合いの上、慎重に判断する必要があります。