円満相続税理士法人 税理士
学生時代に税理士試験の受験を始め、在学中に4科目取得し群馬県の会計事務所に就職。売上規模数十億円の企業の法人税、相続税を担当しつつ25歳の時に税理士試験合格。
相続人が複数いる場合で、特定の相続人だけが生前、被相続人から多額の贈与を受けているときなどは、遺産分割をする際に、相続人の間で不公平が生じてしまいます。
このように、一定の相続人だけが受けていた利益のことを「特別受益」と言います。
そのような不公平を防ぐために、民法第903条では、被相続人が亡くなった時点での財産に「特別受益」の金額を足し戻して、遺産分割をすることを規定しています。
民法第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
この「特別受益」で問題になりやすい論点が、
「生命保険金は特別受益に該当するのか否か」
というものです。
例えば被相続人が、生前に財産の大半を生命保険契約の保険料として支払い、その保険金の受取人を一人の相続人とした場合、生命保険金を受け取ることが出来る相続人と、そうではない相続人との間で、大きな不公平が生じてしまいます。
生命保険金の取り扱いについては、これまでに何度も裁判になるほど複雑なのですが、ここでは有名なものを紹介していきます。
最高裁判所平成16年10月29日決定
この判決ではまず、生命保険金が「特別受益」に該当するか否かを判断しました。
結論としては、
「生命保険金は原則として、特別受益に該当しない」
ということになりました。
ただし、その判断に付随して、次のような判断もしています。
「生命保険金の金額が多額で、民法903条の趣旨に照らし到底是認できないほどの不公平が生じる場合には、特別受益とする。」
つまり、原則は特別受益に該当しないが、明らかに不公平な場合には該当する可能性もある、ということです。
この「不公平な場合」とは、どのように判断するのかについては、
・保険金の額
・保険金の額の遺産総額に占める割合
・同居の有無
・被相続人の介護等に対する貢献の度合い
・被相続人と受取人、共同相続人の関係性
・各相続人の生活実態
などの情報を、総合的に考慮して行うことと言っています。
「以下判決文より抜粋」
保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。
~
保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。
広島高等裁判所令和4年2月25日決定
この裁判では、生命保険金を特別受益とする「特段の事情」が存在するか否か、について争われています。
被相続人の相続開始時点での財産額は約770万円、それに対して生命保険金の額は2,100万円でした。
このようにみると、生命保険金の額が他の財産と比較して多額のため、特別受益に該当しそうですが、結果としては、特別受益には該当しないという判決となりました。
判決の理由について、裁判所は次のように述べています。
(登場人物:被相続人→A、Aの妻→B、Aの母→C、相続人はBとCの二名)
「以下判決文より抜粋」
●広島家裁
本件死亡保険金の合計は2100 万円であり、Aの相続開始時の遺産総額~の約2.7 倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額の約4.6 倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きい。
しかし、AとBは、婚姻期間約20 年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Bは一貫して専業主婦で、Aの収入以外に、収入を得る手段がなかったこと~からすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるBの生活を保障する趣旨のものであったと認められる。
加えて、本件死亡保険金の額が、夫婦間の一般的な生命保険金額と比して、さほど高額なものとはいえないこと~、Cは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であること~等の事情をも踏まえると、上記特段の事情が存するとは認められない。
●広島高裁(原審判一部変更)
Bは現在54 歳の借家住まいであり、本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期にわたることが見込まれる。
これに対し、Cは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Cの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。
このように、生命保険金が特別受益に該当するか否かは、金額の多寡だけではなく、その背景や、被相続人と相続人の関係性まで考慮する必要があります。
その他の判決
上記で紹介した判例は、いずれも生命保険金は特別受益に該当しない、という判決でしたが、他の裁判では特別受益に該当すると判断されたものもあります。
特別受益に該当する、と判断されたものは基本的に生命保険金の額が他の財産と比較して明らかに多い場合となっており、まとめると次のようになっています。
遺産総額 | 保険金額 | 割合(※) | 結果 | |
平成16年 最高裁判決 | 5,958万円 | 793万円 | 13.3% | 該当しない |
平成17年 東京高裁判決 | 1億134万円 | 1億129万円 | 99.9% | 該当する |
平成18年 大阪家裁判決 | 6,963万円 | 428万円 | 6.1% | 該当しない |
平成18年 名古屋高裁判決 | 8,423万円 | 5,154万円 | 61.1% | 該当する |
令和4年 広島高裁判決 | 772万円 | 2,100万円 | 272.0% | 該当しない |
相続の実務においては、生命保険金は特別受益に該当しないことを基本としつつも、過度な対策を行うと問題になる可能性がありますので、そのリスクなどをしっかりと説明した上で手続きを進めることをお勧めします。