皆さんこんにちは。

円満相続税理士法人、税理士の加藤です。

相続税の計算では、お亡くなりになった方(以下被相続人と言います。)や、その相続人の住所を根拠として様々な特例が設けられています。

小規模宅地等の特例などが分かりやすい例ですね。

(小規模宅地等の特例の詳細については、下記のブログを参考にしてみてください。)

一般的に、住所は1人につき1か所だと思いますが、中には住所が複数あると考えられる場合があります。

住所が複数ある場合ってどんなときですか?

例えばAという場所とBという場所に建物を持っていて、そこを行き来しながら生活している場合です!

このような場合、相続税を計算する上では住所を1つに決める必要があります。

ただこれは納税者が勝手に決めることは出来ません。

そこで今回は、住所が複数あるとみられる場合、どのようにして本当の住所を決定するのか、裁判例をもとにお話ししていきます。

住所の判定は非常に複雑かつ相続税への影響が大きいですので、自宅が複数あってその判断に困っている場合は是非参考にしてみてください!

(今回ご紹介する判例の原文は、税務訴訟資料 第261号-29(順号11619)となります。)

ざっくりとした結論

最初に、判決では住所をどのように決定したのか、ざっくり説明します。

まず、住所が複数あるという考え方は、この判決では採用されませんでした。

つまり、どこか1つの住所を決めなければいけないということですね。

それでは、本当の住所を決定するときに、裁判所は何を重要視したのでしょうか?

実は、この論点は裁判所でも意見が分かれたところで、高等裁判所の判断が最高裁判所でひっくり返されてしまう事態になったのです。

最高裁が重要視したのはシンプルに言ってしまえば、

「過去数年間で、どちらの住所に多く滞在していたか」

ということになります。

滞在日数が多い住所が本当の住所だよね、ということですか!

そのため住所を決定する上では、第一にどちらの住所に多く滞在していたのかが重要になるかと思われます。

しかし、この判決ではその他にも多くの細かい事情によって住所を決定しているため、単純な日数だけでは判断が難しいことも事実です。

そこで次からは、この裁判のより深い部分を見ていきましょう。

事件の概要

そもそも、この事件はどのような内容なのですか?

この事件は住所の解釈によって税金が1000億円以上変わるという、非常に大きな事件でした。ここで詳しくお話していきますね!

登場人物等

まずはこの事件の概要を簡単に見ていきましょう。

登場人物は父A、母B、そして子Cです。

この家族は、もともと日本に住んでいました。

しかし父Aが香港で事業を展開するため、子Cが平成9年6月に香港へ出国します。

子Cは平成12年12月まで香港に滞在していたものとされています。

贈与

父Aと母Bはオランダに会社を持っていました。

そこで二人は、日本国内の自分の会社の株式をオランダの会社に譲渡します。

その後父Aと母Bは、「オランダの会社株式」を「香港に滞在している子C」に対して贈与しました。

子Cに贈与したオランダの会社株式の価値は、なんと1,653億円です。

こんな多額な贈与だと、相当な贈与税がかかりますね!

そう思いますよね!しかし、この贈与については贈与税が課税されないことになるのです。

贈与税の問題

この多額の贈与について、当時の法律では贈与税を課すことが出来ませんでした。

その理由は2つあり、

・財産が国外(オランダ)にあること(オランダ会社の株式は、オランダに所在していることになります。)

・財産をもらった人(子C)が海外に居住していること

です。

このように国外の財産を国外の人が贈与で取得したとき、日本の贈与税が課税されないのが当時の法律でした。

(2023年5月時点では法律が改正され、一定の要件を満たさない限りは贈与税や相続税が課税されることとなっています。)

税務署の指摘

海外に住めば贈与税が回避できるなんて凄いですね。

そうですよね!ただ、この贈与については金額が大きいため、さすがに税務署も見逃すことはしませんでした。

税務署は一連の贈与について贈与税を課税しようとします。

その理由が、

子Cが香港に居住しているのは贈与税回避のための仮のもので、本当の住所は国内にあるでしょう!

というものです。

子Cは本当は日本に住んでいて、贈与税を回避するために一時的に香港に行っているだけだから、そんなことは認めません、ということですね。

子Cが日本に住んでいることになれば、当時の法律でも贈与税が課税されますので、税務署としてはその点を指摘したわけです。

以上がこの事件の概要です!子Cとしては当然納得が出来ないので、ここから裁判になっていきます!

裁判のポイント

さて、ここからはいよいよ裁判の内容について見ていきましょう!

この裁判でのポイントは、住所が日本にあるか香港にあるか、ということですね!

その通りです!最高裁は住所をどのように判断したのか、非常に重要なのでしっかりと見ていきましょう!

この裁判はシンプルに言えば、「住所とは何か?」を争った裁判になります。

子Cは当然、香港に住んでいたと主張します。

それを税務署が否定していくという形ですね。

そしてこの裁判は、高裁の判断が最高裁で逆転するという結果になりました。

そのため今回は、高裁の判断も内容理解のために大切になってきますので、まずはそこから説明していきます!

高裁の判断

高裁は住所についてどのように考えたのですか?

高裁は結果として税務署の主張を認めました。子Cは日本に住んでいると判断したのですね!ここからはそのポイントを見ていきましょう!

ポイント① 滞在日数の調整

高裁の判断ポイント1つ目は、子Cが贈与税回避のために香港と日本の滞在日数を意図的に調整していたことです。

住所とは、一般的に考えればその人が最も多く生活をしていた場所になります。

子Cは贈与が完了するまでは、あえて香港に多く住むように調整をしました。

結果としては、2/3は香港に滞在、1/3は日本に滞在をするという割合になっています。

贈与税回避のために香港に住む期間を増やしたってことですか?

そうです!つまり香港に住むことが贈与税回避を目的としていることが明白だったわけですね。

子Cは

香港に滞在していた日数の方が多いのだから、香港が住所となるべきだ!

と主張します。

しかし高裁は、

意図的に調整できる滞在日数を住所地の判断材料とは出来ない

と判断します。

日数だけで住所地を判定してしまうと、いくらでも贈与税が回避できてしまうからダメだ、ということですね。

ポイント② 仕事の中心地

高裁の判断ポイント2つ目は、子Cの仕事の中心地はどこか?ということです。

子Cは香港に出国する前から、父Aの会社(日本)の役員でした。

また、香港に出国した後もその会社で昇進をしており、父Aの後継者として認識されていました。

そうなると当然、子Cにとって仕事の上で重要な場所は日本ということになりますので、高裁はその点も重視したのです。

確かに、仕事の面からは圧倒的に日本の方が大切そうですね!

ポイント③ 家財の移動が無い

高裁の判断ポイント3つ目は、子Cが香港へ出国するとき家財をほとんど香港へ持ち出していない、ということです。

本当に香港に住む気があるのなら、家財道具を持っていくはずだ、ということですね!

そうですね!実際に子Cが香港に持っていったものは衣類程度だったみたいです。

ポイント④ 香港滞在の際の施設

高裁の判断ポイント4つ目は、子Cが香港で住んでいた場所についてです。

子Cが香港で住んでいた場所は、部屋のシーツ交換や清掃などのサービスを受けられる、ホテルのような場所でした。

子Cはその部屋を2年ごとに更新する形で賃貸をしていたのです。

そのため高裁は、

子Cが香港で住んでいる場所はホテルのようなところで、長期滞在を目的としているとは考えられない

と判断したのです。

確かに、ホテルが住所と考えると違和感がありますね・・・

ポイント⑤ 資産の所在

高裁の判断ポイント5つ目は、子Cの資産がどこにあるのか、という点です。

一般的に考えれば、どこかに長い間暮らそうと思ったら、自分の資産もそこに移動するはずです。

しかし子Cは自身の資産の大半を日本国内に置いており、香港にあった財産は全財産の0.1%未満でした。 そのため高裁としては、子Cが香港に住むという認識はなかったものと判断しています。

子Cは資産も家財道具もほとんど日本に置いたままだったのですね。

ポイント⑥ 住所変更の手続き

高裁の判断ポイントの最後は、住所変更の手続きについてです。

子Cは香港へ出国をするとき、住民登録で香港への転出手続きを行っています。

しかし、子Cと関係がある金融機関等には、住所変更の手続きを行っていませんでした。

高裁はこの点からも、子Cが本当に住所を変更する意思が無かったとしています。

住所変更の手続きの有無も、判断材料になるのは驚きです!

高裁の判断まとめ

以上が、高裁が住所を判定する上で判断材料とした大きな部分となります。

高裁としては、

子Cは香港に住むという意識はなかったのだから、香港は住所地ではない。

と判断し、日本を住所としたわけですね!

本人がそこに住むという認識を重要視した判決ですね!

その通りです!ただ、高裁の主観的な住所地の判断は、最高裁で否定されてしまう結果となります。次からようやく最高裁の判断です!

最高裁の判断

最高裁では、高裁の判断が否定されて、最終的に香港が住所と決定されたんですよね?

結論はそうなりました!それでは最高裁はどのように住所を決めたのか確認していきましょう!

最高裁では、高裁の判決は採用できないとして、最終的な住所を香港と認定しました。

この最高裁の判決には色々と疑問視する人もいるようなのですが、住所を決める上では一つの大きな指標になることは間違いありませんので、しっかりとみていきましょう!

最高裁は、判決文で高裁の意見がなぜ採用できないのかを、高裁が掲げた根拠を否定するという形で説明していますので、この記事でもそのように解説していきますね!

最高裁の判断① 滞在日数の調整

高裁では、滞在日数は意図的に調整できるから、それを住所の根拠とは出来ないと判断していました。

それに対して最高裁は次のように判断します。

意図的な調整があったとしても、そこに住んでいるという事実は変わらない

住所は、その目的や意図がどうであれ、実際に住んでいるという客観的な事実で判断すべきと判断したのです。

子Cは客観的に見れば、全期間のうち2/3は香港に住んでいて、一応現地でも仕事をしていました。

日本に滞在しているのは1/3の期間に過ぎず、第三者から見れば香港に住んでいると考えるのが自然だ、ということですね。

~以下原文より抜粋~

住所の判定では、感情や目的といった「主観的」な要素ではなく、現実に則した「客観的」な要素(滞在日数等)が優先されると考えられます。

逆に言ってしまえば、

実際に住んではいなかったけど、ここが住所だと思っています!

という主張は認められないということですね!


住所の判定は納税者の方のお気持ちも考慮しつつ、まずは滞在日数や生活状況などの実態を整理して、「客観的」な目線で考えるのが良いかと思います。

最高裁の判断② 仕事の中心地

仕事の中心は日本にあったという高裁の判断に対しても、最高裁は次のように否定します。

仕事の中心が日本にあったとしても、滞在日数を考えれば日本を住所とするのは無理がある。

ここからも、最高裁はやはり滞在日数を重視していることが分かります。

住所の判定で優先されることは、どこで生活(寝食)をしていたのかということですね!

~以下原文より抜粋~

最高裁の判断③ 家財の移動が無い

子Cは香港に引っ越したのに家具とかを持って行っていないんですよね?

その点についても最高裁はあくまで「合理的」に判断していますよ!

家財を香港に持って行っていないから、香港は住所ではないという高裁の判断に対して、最高裁は次のように言っています。

国外へ家財道具を持ち出す費用や手間を考えれば、不合理な事ではない。

つまり、家具を持っていかないで現地調達することなんて、色んな人がやっていることだよね、ということです。

確かに、実家のタンスとかはそのままで、引っ越した先で新しい家具を買うことなんて当たり前にありますからね。

~以下原文より抜粋~

最高裁の判断④ 香港滞在の際の施設

子Cが香港で住んでいた場所がホテルのような施設であった、という点についても最高裁は次の通り容認しています。

子Cの地位や財産状況を考えれば、そのようなサービスを受けることは不自然ではない。

要するに、子Cは多額の財産を持っていて、さらに単身であることを考えれば、シーツの交換などの家事はお金を払ってでも誰かにやってもらうことは不思議ではないですよね、と判断したのです。

~以下原文より抜粋~

私見ですが、子Cが住んでいたのがあくまでも「ホテルのようなアパート」であったことも大きい要素かと思います。これが普通のビジネスホテルで一日ごとに料金が発生する場合などは、状況が変わったかもしれません。

最高裁の判断⑤ 資産の所在

子Cは自身の財産を香港に移動していないという高裁の主張に対し、最高裁は次のように言っています。

海外赴任をする人が国内に財産を置いたままにしておくことは、よくあることだ。

この論点についても最高裁は、あくまでも社会で一般的に行われている客観的な考え方によって判断していますね!

~以下原文より抜粋~

最高裁の判断⑥ 住所変更の手続き

子Cが金融機関にたいして住所変更をしていなかった点については、最高裁は次のように判断しています。

手間を惜しんで住所変更の届出をしないことは、特段不自然ではない。

つまり、金融機関等に対して住所変更の手続きをしないことは多くの人に見られる、ということですね。

つい面倒で、前の住所のまま放置しておくことなんて、普通にあり得る話ですもんね!

また、子Cは住民登録について、香港への転出届は提出していました。

もちろん住民票の住所や転出届だけで住所は判定できませんが、意思表示の一つにはなるかもしれません!

~以下原文より抜粋~

最高裁の判断まとめ

以上がこの裁判における最高裁の判決となります。

高裁の判断が、子Cの意図や目的など主観的な要素に重きをおいていたのとは逆に、最高裁は徹底的に現実で考えていることが分かりますね!

結果的にこの裁判は子Cに軍配が上がり、1,000億円以上の贈与税が課税されない事になりました。

しかしながら、このような節税策が認められてしまうのはさすがに問題だということで、国は税法を改正することで、今後同じような方法が使えないように対応しました。

2023年現在では、上記の方法で税金を回避することは出来ないので注意しましょう!

まとめ

今回は住所が複数ある場合の考え方について、武富士事件の裁判例をもとにみていきました

この課税回避スキームは現在では使用できませんが、住所をどのように決めていくか?という点では非常に大きな意味のある裁判です。

是非この裁判例を一つの材料として、住所の判定で何が重要なのかを考えていただければと思います。

住所の判定は複雑な面が多いですが、まずは客観的な視点で考えることが大切だと感じますね!

相続税や贈与税はこの他にも色々と難しい論点が多いです。

判断が難しいときは、過去の裁判例をもとに考えることが大切で、今回の判例の外にも次のようなものもブログで紹介していますので、こちらもぜひ参考にしてみてください!

円満相続税理士法人では相続税の申告はもちろん、生前対策なども対応可能ですので、何かあればお気軽にお問い合わせください!

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